STORY 01
「聞こえてる」
聞こえてる
病室は静かだった。
機械音だけが、一定のリズムで鳴っている。
上野の目は開いていた。
けれど、焦点はどこにも合っていない。
全身には無数の管が繋がれ
その姿は、かつて全国のステージでベースを鳴らしていた男とは思えなかった。
「上野」
呼びかける。
反応はない。
「おい、聞こえてるか」
もう一度、声を張った。
返事はない。
それでも話しかけ続けた。
くも膜下出血。
医師から伝えられた現実は厳しかった。
意識が戻っても、
目が見えないかもしれない。
目が見えないかもしれない。
耳が聞こえないかもしれない。
言葉を話せないかもしれない。
歩けないかもしれない。
だが、諦めるには早すぎた。
身体が反応できないだけで、意識は存在している場合がある。
医学部にいた頃、
そんな話を聞いたことがあった。
そんな話を聞いたことがあった。
だから信じた。
届いている、と。
病室で、
何度も何度も話しかけ続けた。
何度も何度も話しかけ続けた。
30分ほど経った頃だった。
上野の目から、
涙が一筋流れ落ちた。
涙が一筋流れ落ちた。
「あ...」
聞こえてる。
その瞬間、確信した。
意識がある。
戻ってきてる。
すぐに家族を呼んだ。
「聞こえてます」
そう伝えながら、
あるお願いをした。
あるお願いをした。
「毎日、音楽を聴かせてください」
「ベースを触らせてください」
上野にとって、
音楽は仕事じゃない。
音楽は仕事じゃない。
生きる意味そのものだった。
その日のうちに、ラジカセとベースを病院へ届けた。
毎日、T-BOLANを流した。
ベースを身体へ乗せた。
音を、
記憶を、
生きていた時間を、
身体へ戻すように。
すると少しずつ、
変化が起き始めた。
変化が起き始めた。
指が動く。
腕が上がる。
ある日、
冗談半分で悪口を言ったら、
尻を叩かれた。
冗談半分で悪口を言ったら、
尻を叩かれた。
「戻ってきたな」
みんなで笑った。
あの時、
まだ誰も知らなかった。
まだ誰も知らなかった。
この病室から、
T-BOLANの“最後の旅”が始まることを。