T-BOLAN LAST LIVE TOUR
復活からの
ラストストーリー

STORY 02

「ライブ」

「何がしたい?」
退院祝いの席だった。
上野はまだ、
うまく言葉を話せなかった。
箸を持つ手もおぼつかない。
歩くことだって、 やっとだった。
それでも、
生きていた。
それだけで十分奇跡だった。
メンバーも家族も、
もう無理はしなくていいと思っていた。
好きなことだけをして、
生きていてくれればいい。
そう願っていた。
しばらく沈黙したあと、
上野がゆっくり口を開いた。
「……ライブ」
空気が止まった。
到底、
ライブができる状態じゃなかった。
それは誰が見ても分かっていた。
でも、
その言葉だけは、
異常なほど強かった。
“生きたい”
そう聞こえた。
リハビリには、
目標、ゴールが必要だ。
終わりの見えない苦しさの中で、
「いつか」を信じ続けるには、
辿り着く場所がいる。
14年間、
自分自身もそれを経験してきた。
「いつやりたい?」
そう聞くと、
上野は答えた。
「今年」
2016年12月31日。
その日、
ライブをやると決めた。
無謀だった。
でも、
約束した。
生きて、
ステージへ戻ることを。
ライブが近づくにつれ、
上野は変わっていった。
指が動くようになる。
ベースを握る。
音を出す。
失った身体を、
音楽で取り戻していくようだった。
練習は、
リハビリそのものだった。
そして迎えた、
2016年大晦日。
ステージに立つ上野を見ながら、
思った。
「ここまで来たんだな」
たった4曲。
でも、
その4曲の重みは、
どんな大規模なライブよりも大きかった。
演奏後、
楽屋に戻っても、
胸の中に妙な感覚が残っていた。
これで終わってしまっていいのか。
ライブが終わった瞬間、 上野の“ゴール”が消えてしまう。
それが怖かった。
リハビリは、
続く理由が必要だ。
さらに、
ここで次を宣言しなければ、
もう一度ライブを動かすことは簡単じゃない。
時間がなかった。
周囲へ相談する余裕もなかった。
でも、
答えは決まっていた。
アンコール。
マイクを握った。
そして、
誰にも告げていなかった言葉を口にした。
「T-BOLAN、活動再開します」
歓声が上がった。
あの日、
2017年1月1日。
T-BOLANは、
再び動き始めた。
復活後、
活動の軸は最初から決まっていた。
ライブ。
それだけだった。
90年代、
T-BOLANの音楽は、
100万人を超える人たちへと届いていた。
でも、
実際に会場で会えた人たちは、
その一部だった。
会えていない。
ずっと、
それが心に残っていた。
だから決めた。
全国すべての街へ行く。
この人生で、
一度は会いに行く。
それが、
“約束の旅”だった。
励ツアー。
繋ツアー。
名前には、
その時々の意味を込めた。
励ましながら、
繋ぎながら、
止まっていた時間を、
少しずつ動かしていった。
ツアーを重ねるごとに、
公演数も増えていく。
待ってくれていた人たちが、
全国にいた。
でも、
世界が止まった。
コロナだった。
ライブが消えた。
声を出せない。
会えない。
人が集まることすら難しくなった。
繋ツアーも、
延期と中止を繰り返した。
それでも、
止まれなかった。
28年ぶりのアルバムを作った。
「愛の爆弾=CHERISH」
〜アインシュタインからの伝言〜
会えない時代だからこそ、
音楽が必要だと思った。
でも現実は厳しかった。
コロナで遠のいたファンの足は止まった。
会場は埋まらない。
キャパの半分。
ライブ動員記録は、
次のツアーの重荷になっていく。
アルバムツアー終了後、
事務所サイドから告げられた。
「しばらくツアーは難しい」
「2〜3年寝かせるしかない」
理由も分かっていた。
会館自主興行。
ライブパッケージを買うイベンターが、
興行成立を判断する。
数字が悪ければ、
次は動かない。
でも、
納得できなかった。
今、止まることは、
終わることに近かった。
この年齢で、
2〜3年止まる。
それは、
未来を失うことだった。
だから提案した。
シングル全曲ツアー。
俺たちにとって最後のカードだった。
30本以上。
できる事なら47都道府県。
『約束の旅』を、
止めたくなかった。
ツアーは実現した。
38公演。
全国を走った。
でも、
まだ終わっていなかった。
残りの県がある。
会えていない人たちがいる。
それでも、
再び告げられた。
「一度止めましょう」
その時、
強く感じていた。
時間は無限じゃない。
自分自身の身体。
上野の回復。
年齢。
そして、
T-BOLANとして、 どんな姿を届け続けるのか。
ステージには美学がある。
届けたい姿のまま、
永遠に走り続けられるわけじゃない。
だったら。
約束を、
やり切ろうと思った。
それが、
LAST LIVE TOURだった。
終わりを選んだんじゃない。
約束を完結させる道を選んだ。
47都道府県。
59公演。
すべての街へ、
会いに行く。
そして、
ファンは応えてくれた。
会場には、沢山の
待ち続けていた人たちがいた。
ようやく会えた人たちがいた。
みんな、
同じ時間を生きていた。
病気も、
別れも、
コロナも、
人生も。
それでも、
今日ここへ来ている。
だから伝えたかった。
明日は、
誰にも約束されていない。
“いつか”じゃない。
“今”なんだと。
限りある人生だから、
今日を生き切る。
大病を経験した人ほど、
その意味を知っている。
LAST LIVE TOURは、
ライブじゃない。
生き方そのものだった。
2026年8月10日。
日本武道館。
T-BOLANは、
最後のライブを迎える。
でも、
消えるわけじゃない。
終わるわけでもない。
この日を境に、
T-BOLANは、
新たな形で、ファンと共に生き続けていく。
時代を超えて。
人から人へ。
想いを受け継ぎながら。
『継承』
LAST LIVE TOURの本当の意味は、
そこにある。
武道館の灯りが消える時。
T-BOLANは、
永遠のはじまりをファンと共に歩き、育てはじめる。